日々、色んな方々から、色んな相談を受けていますが、その解決の道を探っていると
普遍的な法則に辿り着くことが殆どです。
自分だけの、個人的な悩みというものは、存在していなくて。殆どの答えは、既に、
そこにあるもの。
こんなにも悩みがつきないのは、学校教育や社会人教育において、自分にしかできない個人的な特徴を伸ばすように指導、あるいは洗脳された結果だと思います。
そんな風に指導されたら、自力では、何も解決できない、単に癖の多い人格ができるだけです。
個性を追求すればするほど、むしろ、身勝手で、没個人的で、癖の強い、重たくて暗い、抜き差しならない性格なってしまいます。これでは、悩みは尽きません。
本来は、誰にでも、どこにでも通用する、
普遍的で軽い人格とか、個体の差や個性を排除した、明るくて開放的で、クセの無い、純粋な状態を、目指すべきでしょう。
例えば、優れた演奏家は自分の個性を殺すことに腐心しています。そうなると、本物の作曲家が演奏のときに、降りてくる。
道を探求するなら、いかに、自分の個性や癖をゼロにして、普遍的な道そのものを、
追求すべきでしょう。普遍性を突き詰めれば突き詰めるほど、逆に、その人は、どんどん個性的になってゆくので、とても面白いです。
独自性にこだわればこだわるほど、独自では無くなってしまう。純粋な普遍性にこだわればこだわるほど、独自性が強くなる。
このような現象を、
掃き溜めに鶴
というそうです。エネルギー調整の要所をつくような話で、おもしろいですね。
以上、松村潔先生の最新のKindle本、三分節の解体と再構築を読んで、気づいた話でした。
時間は力、空間は形。時間と空間は互いを消し合う、など、面白い認識が他にもたくさん、あるのですけれど。また、小出しに出してゆきます。
そういえば、、、
9/19(土)午後14時〜大阪市内の福島で、
タロットのJUNKOさんとTDEの遊びの会します。お時間のある方は、ぜひ、お越しください。